岡山県玉野市出身。倉敷市在住。
11月生まれのいて座。O型。
大学生の息子2人の母。
看護師歴25年以上。
コミュニケーションメイク認定講師。
メイク大好き♪
初めましてこんにちは。
40代でも選ばれるためのメイクの専門家、脳タイプメイク講師の利根川志おりです。
私は脳タイプメイクを専門としていますが、特に40代の女性が抱えている願望にフォーカスし、本当に欲しい結果を具体的に手にいれることをメイクの力でサポートしています。
女性の平均寿命が87,5歳。自立した生活ができている健康寿命は73,6歳。
と、考えると、女性の40代は人生の後半戦のスタートになるかもしれません。
総じて、今の40代の女性は仕事や家庭を大切にし、陰に日向にここまで頑張ってきたのだと思います。
少なくともこの私のサイトに来てくれた方はこのような方々が大半でした。
今の流れの早い世の中で、社会の変化や年齢的な自身の変化を受け入れつつ、流されるのではなく、自発的に前に進みたいと思い、苦戦を強いられている過去の私のような“あなた”。
私は私を救ってくれた手法でそんなあなたを応援していきたいと思いました。
①具体的には、3つの脳タイプ(手、目、耳)と眉の形やメイクの仕方との関連性を知る。
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②各脳タイプの特徴と自分や相手がどれに該当するかを理解することで、相手に合わせたメイクや言動、コミュニケーションの対応を切り変えられるようになる。
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③どんなタイプの人とでも効果的な接し方ができるようになる。
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④3つの脳タイプ別のメイクができることで、自分の見せ方、見られ方、思考や行動などをコントロールできて、なりたい自分に変えることが可能に。
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⑤対人コミュニケーション力と自分をコントロールする力がアップし、人生を変えられる。
などの経過を体験することにより、40代の女性が「本気で欲しいと願った結果」を手にいれるサポートができると考えました。
「もう歳だから」
「もう若くないから」
など、「もう」と言う言葉は“あなた”と私の間では存在しません。
人はいくつからでも変われるし、本気で願い行動すれば欲しい結果も手にいれることができることを私は実感しています。
「今の私」
看護師歴25年の経験と脳タイプ別のコミュニケーションメイクをツールにして、人生を切り拓こうと思っている前向きな女性をサポートしています。
メイクの理論を理解し実践することで、相手の思考タイプが分かり、自身のメイクをコントロールすることで、自己肯定感がUP。
結果、自分が好きになり、さらに的確なコミュニケーションを積極的とれるようになるので、人間関係の問題も消えていきます。
社会生活において、コミュニケーション力はとても重要です。
むしろ、コミュニションの技術を磨くことは必須とも言えます。
その時々の経験則や感覚的なものに頼るのではなく、根拠や法則に沿っていけば再現性の高いコミュニケーションが誰でも取れるようになるのです。
私は、今まで看護師として医療現場で頑張ってきましたが、あることがきっかけで、今度はその技術を世の中の女性のために伝え、可能性を開花させ本気で明るい未来を築こうと決意しました。
「看護師であった私」
私の父は、「女性に学問はいらない」「結婚が女の幸せ」と豪語する人でした。
母は、嫁姑問題で辛い思いをしているにもかかわらず、結婚生活を続ける選択肢しかなかった人でした。
そんな母を見て「父の言う通りの女性像は危険だ」と、高校生の私は感じました。
「結婚してもしなくても、一人でも生きていける人になりたい」
「何かあっても自分の意志で自分の人生を生きていきたい」
と、考えた末、学費があまりかからず資格が取れて自立できる仕事として、看護師を選びました。
看護師になって患者さんと向き合うようになり、患者さんが少しでも楽に過ごせるように考え、寄り添っていく仕事は本当に尊い仕事だと思うようになりました。
「感染するかも!」と、いう危険や不規則な勤務に加え、常に人手不足で過酷な勤務状態。
自分の体調が悪くても気合いで出勤して、使命感で仕事を続けていました。
最新の知識を身に着けるため、勉強会があれば、休日や夜勤明けでも参加するハードな日々。
看護師として充実した毎日で、向上・成長することはできる職場ですが、辛いことはありました。
それが私の場合は対人関係(コミュニケーション)でした。
私よりかなり年上の気難しくてすぐに激高する患者さんや、その家族の対応は看護師5年目だった私では寄り添いきれなかった辛い経験です。
先輩看護師や要領のいい同僚は「所詮、他人事だし浅めにかかわれば」と、言いますが私はそんな割り切りができず「自分は要領が悪いんだ」と、自分を責め続けました。
この頃は「自分でなんとかしないといけない、どんな患者さんにも対応できないといけない」と、思い込み肩に力がはいっていました。
「葛藤と拒絶」
医師の上から目線の発言、患者さんのためなら、そんな医師とも戦った。
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先輩看護師からの悪意ある言葉、無茶ぶりにも、文句を飲み込みサクサク対応。
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後輩看護師の出来が悪いと指導が悪いせいだと師長から怒られた。
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医療の現場は、患者、その家族、専門知識をもった多職種の人と連携が必要なので、コミュニケーション能力が必要だけど、感覚的にあの人はこんな感じと乗り切っていた。
だから、苦手なタイプの人とはかかわりをさけていた。
そして、看護師仲間の紹介で22歳の時に夫と出会い26歳の時に結婚。
長男の出産を機に看護師を引退しました。
「再び看護師に」
長男が中1に(私が45歳)なったので、将来のことや子供の学費などを考えて、看護師としてパート→フルタイムに勤務を変えながら現場復帰しました。
若い時とは違い、45歳になった私は、対人コミュニケーションは自分の感情をコントロールしつつ、対応できるようになっていました。
「新たなる悩みと欲求」
苦手なタイプの人とでも、違和感を感じつつも対応できるようになりましたが、それでも経験則では乗り切れない人に出会うと、対応に悩みました。
引退前の若い看護師時代とはまた別の悩みの沼にハマったのです。
しかし、振り回されてばかりではやっていけない。
子供を産み育てたお陰か、自分は前より少し強くなっていました。
自分の意思で自分主導で対応できるようになりたい。
そのための再現性のある戦略や法則がほしいと強く思うようになりました。
「出会い…あの頃の私とはもう違う」
そんな時、たまたま本屋でコミュニケーションメイクについての本に出会いました。
看護師はマスクをしている職場のため、眉毛の形がポイントになるコミュニケーションメイクは特に有効だ!
「これは使えるっ!!」背中に電流が走る思いでした。
受講し試して落とし込んだら、自分主導でコミュニケーションすることが可能になりました。
「この経験を伝えたい!」
コミュニケーションの主導権を握れることで問題解決を図るサポートをしたいと、強く思う気持ちはあるものの、とりあえずは「今の看護師の仕事を頑張ろう」
・・・看護師の世界しか知らない自分だから「こんな夢みたいなこと」は「定年後に、できたらいいな」と、心の中で温めることに…。
コミュニケーションメイク®に出会った当時の私は、看護師の仕事しか知らない上に、その講座に参加していた他のメンバーは、すでにメイクを知っていて。
それを教える立場の講師の方や、メイクアップアーチストの方がプラス1の技術として習得しようとする「メイク関係のプロ」が受講していたからです。
年齢も私よりずっと若く、そして都会的な雰囲気の人ばかりで、みなメイクの技術は水準以上。
メイク初心者は私だけでした。
それでも、そんな中でも、看護師として働く中で、「患者様や専門知識を持った多職種の人など、たくさんの人とのかかわりで培ってきた経験なら私は負けない」と、自分を鼓舞しやり抜きました。
頑張ると良いことはあるもので、実は受講中の私を横で見ていた長男がこのコミュニケーションメイクの理論を使ったところ、彼女や女友達にとても有効だったと伝えてきました。
この出来ごとから「コミュニケーションメイクの再現性の高さを一般人として、人一倍体感」している自分は、その素晴らしさを伝えたいと熱く思っている人だと再認識できました。
「人生の試練」
2022年1月にコミュニケーションメイク認定講師になり、その年の9月に57歳の主人がくも膜下出血により急逝しました。
初めて息子(当時20歳)と釣りに行った帰りに倒れて、救急車で運ばれてからわずか4日間の入院生活でした。
手術はしたけれど、瞳孔が開き脳死宣告を受けて余命を告げられました。
看護師という仕事がら、たくさんの人の死に立ち会ってきました。
けれども、「人ってこんなに簡単に死ぬんだ」と、心の底から実感しました。
いつか人は死ぬとわかっていたつもりだった。でも急すぎて受け入れられない。
脳死宣告を受けた時と、翌日に主人とお別れをさせてもらった時は、人生で一番泣けました。
「報酬」は谷底で手に入った大事なものを提示する・・・ふと、こんな言葉がよぎりました。
私はいつも他人軸で生きてきた。
ほとんどの時間を妻、母として生きてきた。
誰かに強制されたわけではないけれど、夫婦とか子供とかの関係っていつまでも続くということはないな。
人生が突然終わることを経験したことで、時間は有限と改めて思い知らされました。
「どん底の中で見つけた光。私の願い」
私はいつも他人軸で生きてきた。看護師になった理由も父親の影響で、本当は大学に行きたかったし。
けれども、このことがきっかけで今があり、私がある。
「新しい仕事と私の使命」に気づいた私は、これからは自分の軸で自分の人生を歩みたいし、もう私は自分軸で生きてみることをやってみようと思いました。
そこで今、私が貢献できること、助けたいと思える方々のことを真剣に考えました。
時間は有限だし、そして、何歳からでも人は変われる。
可能性を捨てることはしてはいけない。
自分の軸で生きることの尊さに50をすぎて気がついた私です。
「人生のシフトチェンジを軽やかにできる。」
そんな人を一人でも増やしたいと思っています。
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